30年以上前の話です。私は現在46歳の専業主婦です。私は高校の三年間女性教諭にいちじく浣腸をされていました。時には全裸にされて相手もさせられていました。私はバレーボール部に所属していて、その女性教諭は私の担任でありバレーボール部の顧問でした。最初にされたのは入学して1ヶ月位たった5月位でした。地区大会の予選会場がうちの高校に選ばれ会場作りが終わった後でした。私ともう一人の子がその教諭に呼ばれ着いて行きました。そこは教諭達が泊まる宿直室でした。私達二人に「今度貴女達を試合に出そうと思ってるの。やる気ある?」との通達を受け私達は思ってもない喜びに感激し、「出ます!」と即答しました。そしたら教諭は「じゃあ、これから軽い練習の前にいい?貴女達ここに座って」と和室に通されました。そこに正座させられ教諭も私達の前に座りました。教諭は顔を近づけて来て唇にキスをし始めてきました。私はびっくりし、目を丸くしましたが、動けず舌を入れらても受け入れるしかありませんでした。二人共キスが終わり唖然としていると「二人とも後ろむいて四つん這いになって」と言われ四つん這いの姿で並ばされました。ジャージを降ろされお尻を出されました。私達は「先生!何?!」と声をあげましたが「駄目!じっとしてて」と四つん這いのまま動けずにいました。後ろでカサカサやっているので「何やってるんですか?」と聞くと「浣腸するのよ」といちじく浣腸を私達の目の前に出して来ました。私達は「え〜!!」と同時に声をあげて驚きました。教諭は初めに私のアナルを浣腸液で濡らしてほぐし、いちじく浣腸を注入して来ました。私は近くにあった座布団を抱きしめ耐えました。もう一人の子も「あっ!駄目〜」と耐えていました。注入が終わると「先に体育館に行ってなさい」と云われ体育館に行かされました。私達は小走りで体育館に向かいました。体育館には誰もいなく二人だけでした。その時便意が走り教諭を待っている間二人ともピョンピョン跳ねたりして我慢していました。教諭が到着し「先生もう駄目!漏れちゃう」と駆け寄りましたが「駄目!体育館を走りなさい!!」と一喝され私達はビクッとし、体育館を走り始めました。後レシーブ等色々な練習をさせられましたが、教諭が怖くてなんとか便意に耐えられましたが、もう一人の子が便意に動けなくなったので、練習を中断し二人ともトイレに行く事を許されました。同じトイレ内なので「ビビッ!!ブリブリ!」と排泄する音がして凄く恥ずかしかったです。私も同時からかなり便秘でしたから量も凄かったです。排泄後女性教諭からこの事は誰にも話しては駄目。次の試合には出します。と云われ喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からなくなりました。それ以来私達は体育の授業の時や、部活の時に浣腸されました。春休みの時には女性教諭宅に一週間合宿という名目で泊まり、全裸で性教育を受けていました。その時もいちじく浣腸レッスンもありました。ただそれを受けていたのは私達二人だけでは、なかったのです。二年生に上がりある日体育の授業の前に教諭に呼ばれ浣腸を受けるために宿直室に行くと、バレーボール部のキャプテン先輩がいたのです。先輩も体育の授業前でジャージ姿でした。私は驚き「先輩どうしたんですか?」と聞くと先輩は恥ずかしそうに「もしや貴女も?」聞いてきたので「…はい」と恥ずかしながら答えました。するとその女性教諭と他の女性教諭が入って来て二人ジャージを降ろされ四つん這いにされいちじく浣腸をうけました。排泄は授業開始30分後に許されました。それ以来キャプテンとは親しくなり一緒に女性教諭宅でいちじく浣腸レッスンを受けたり、相談したり一緒にレギュラーの座も定着していました。今でも誰にも話してはいません。
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